こんにちは、flyderです。
今回はナイキの創業フィル・ナイトの自伝『SHOE DOG』(シュードッグ)のあらすじ・内容を簡潔に紹介。
ナイキの誕生と成長にはアシックスの前身オニツカと日商岩井という2つの日本の会社が大きくか関わっていまます。ナイキとこの2つの会社の関係にフォーカスして本書の内容を紹介したいと思います。
5分で分かるナイキの歴史、アシックス、日商岩井との関係
本書は、ナイキの創業者フィル・ナイトが、ランニング中に浮かんだ「馬鹿げたアイディア」を実現すべく事業を始めてから1980年にナイキが株式上場を果たすまでの物語です。
フィル・ナイトの成功物語であると同時にナイキの歴史本といってもよいでしょう。
とりわけ、日本人の関心を惹くのが、ナイキとアシックスの前身オニツカと日本の総合商社 日商岩井(現:双日株式会社)との関係ではないでしょうか。
ということで、ナイキとオニツカ(アシックス)、日商岩井の関係を軸にして本書の内容を紹介します。
ナイキの創業者フィルナイトについて
ナイキの創業者であるフィル・ナイト、1938年生まれ、今年(2019)で81歳。
米国オレゴン州ポートランド出身。オレゴン大学卒業後にスタンフォード大学でMBAを取得。
本書の物語はフィル・ナイトがスタンフォード大学を卒業し、故郷のオレゴンに戻った場面からスタートします(1962年)。
24歳のフィル・ナイトは大学を卒業したものの、退屈な人生は送りたくない!全力で勝利を目指すアスリートのような生き方がしたいと考えています。
そこで、フィルはランニング中に浮かんだ「馬鹿げたアイディア」を実現すべく日本に行きます。
ナイキの前身はオニツカ(現アシックス)の販売代理店だった
フィルの「馬鹿げたアイディア」というは、日本製のランニングシューズを米国に輸入して販売するというものでした。
当時の日本は戦後の混乱を脱し、安い労働力を背景に高度経済成長に向かう時期でした。
日本に渡ったフィルは、神戸のオニツカ(現:アシックス)を訪問します。
そこで、オニツカの重役陣を前にして自分を米国の販売代理店にするように売り込みます。
入念に準備していたプレゼンテーションと「ハッタリ」が奏功して見事にオニツカとの間の代理店契約を勝ち取ります。
ちなみに、ここでのハッタリとは、オニツカの重役の一人から、
「ミスター・ナイト、何という会社にお勤めですか」
と問われた際に、
私は、ブルーリボン・スポーツの代表です。
と応えたことです。
もちろん、ブルーリボンという会社は存在しません。フィルがオニツカからの信用を得るためにでっちあげた架空の会社です。
大学出たての24歳の若者が単身で異国の会社を訪れ代理店契約を結ぶとは大した度胸と行動力ですね。
米国オレゴンに戻ったフィルはブルーリボン社を設立しオニツカの販売代理店としてオニツカのランニングシューズを米国で販売することになるのです。
ナイキの靴はオニツカの裏切り行為から生まれた
フィルの率いるブルーリボン社はオニツカの販売代理店として順調に業績を伸ばします。
しかし、転機が訪れます。
1970年に、フィルはオニツカとの代理店契約を更新するために日本に行きます。
そこで、オニツカ側から新たに3年間の契約更新を提案されます。
フィルは5年の契約更新を求めたのですが、「5年は駄目です」と断られるのです。
この頃からフィルとオニツカの関係はギクシャクしてきます。
フィルは、ブルーリボン社は、オニツカの米国市場開拓に多大な貢献していると自負しています。
しかし、オニツカ側はフィル率いるブルーリボン社の業績に満足してはいなかったのです。
そのため、オニツカはフィルには内緒でブルーリボン社に代わる米国の販売代理店を探していたのです。
やがて、オニツカ側の企みはフィルの知るところとなります。
1971年にオニツカの米国事業の責任者であるキタミが米国を訪れます。この時フィルはキタミがブルーリボンに代わる販売代理店を探しにきたこと、オニツカがブルーリボンを乗っ取り小会社化しようとしていることを知るのです。
これが、オニツカの裏切りです。
オニツカの裏切行為を知ったフィルはブルーリボン社の存続のために自前のシューズブランドを立ち上げることになります。
それが、ナイキ ブランドです。
ちなみに、新しいブランドを立ち上げる際に最初に決まったのは、ナイキの代名詞であるお馴染みのこのマーク!
フィルが知り合いの駆け出しのアーティスに頼んで35ドルの謝礼でデザインしてもらったそうです。
その後、ブランド名を決めることになるのですが、フィルは当初ブランド名をデイメンション・シックスという名前にしたかったとのことです。
最終的には、ギリシャの勝利の女神であるNIKEというブランド名になるわけですが。
こうして、ナイキのシューズは誕生し、1972年にシカゴの展示会で発表されました。
オニツカとブルーリボンとの代理手店契約がそのまま続いていれば、フィルが独自ブランドを立ち上げる必要に迫られることはなかったことでしょう。
オニツカの裏切り行為がナイキ誕生のきっかけとなったといっても過言ではないでしょう。
ブルーリボン社が独自にナイキの靴を販売しはじめるとオニツカはブルーリボンとの契約を完全に解除してしてブルーリボンに対して訴訟を起します。
オニツカとブルーリボン社との裁判は1974年にブルーリボン社の勝利で終結。
ナイキの倒産危機を救ったのは日本の商社 日商岩井
独自ブランドNIKEを立ち上げオニツカとの訴訟にも勝利したフィル、ナイキの靴の売上も右肩上がりで上昇、年を追うごとに会社の規模は拡大していきます。
破竹の勢いで成長を続けるブルーリボン社ですが1975年に絶対絶命の危機が訪れます。
突然メインバンクであるバンク・オブ・カリフォルニアから銀行取引停止を告げられ借金の返済を求められるのです。
会社の成長・事業規模の拡大に財務状況が追い付いていなかったのです。
メインバンクから口座を凍結され、借金の返済を求められたブルーリボン社は倒産の危機に瀕します。
この危機を救ったのが、日本の総合商社の日商岩井です。
1970年頃からブルーリボンを支援していた日商岩井はこの危機に際して直ちにブルーリボン社の帳簿を調べ上げ、ブルーリボンの成長性を見越してメインバンクに対する借金1億9千万円を全額返済するのです。
日商岩井がブルーリボンの借金の返済を肩代わりしたことでブルーリボン社は倒産の危機を免れたのです。
このブルーリボン救済の陣頭指揮をとったのが、文中でアイスマン・イトーと呼ばれる元日商岩井ポートランド支店の伊藤忠幸氏です。
伊藤さんはNHKのドキュメンタリー番組内で当時を振り返り、本来ブルーリボンの救済支援には社長決裁が必要なところを独断で決行、のちにこれが原因で日商をクビになりかけたと独白しています。
フィルと日商岩井の関係はブルーリボンがオニツカの販売代理店であった頃から続いています。
日商岩井はブルーリボン社のスポーツシューズ販売事業の成長性を買っていて早くからブルーリボンを支援していたのです。
フィルがナイキブランドを立ち上げた際には、ナイキの靴を製造するために日本の工場を紹介したりしています。
倒産の危機を瀕したブルーリボン社とナイキの靴は、紆余曲折を経ながらも成長を続け1980年12月2日に株式上場を果たします。
フィル・ナイトの成功物語はこの株式上場で終わります。
もし日商岩井がなかったなら
最終章においてフィル自身がこれまで人生を振り返ります。
この最終章でわざわざ一節を割いてフィルが日商岩井について語っています。
アジアのことを考えると、真っ先に浮かぶのが日商岩井だ。日商という存在がなかったら私たちはどうなっていたのだろうか。
フィル・ナイトは株式上場後にも日商岩井の幹部から企業経営・ビジネスに関する知見を得ていたそうです。
SHOE DOGを読み終えた感想
私の中学・高校時代には既にメジャーな存在だったナイキのスニーカー。
御存じのように現在では、アディダスとプーマの2大ブランドを追い抜き世界一のスポーツウェアブランドとなったナイキ。
ナイキが1970年代の初頭に米国で誕生した新興ブランドだということは知っていたが、その前身がオニツカのスニーカーの販売代理店だったこと、ナイキの誕生のきっかけ作ったのがオニツカの裏切行為であったこと、古くからナイキを支援し倒産の危機を救ったのが日商岩井だったことは本書ではじめた知った。
世界一のナイキの陰でオニツカ(現:アシックス)と日商岩井(現:双日株式会社)という2つの日本の会社がその誕生と成長に深くかかわっていたことに驚きを覚えました。
ナイキの前身であるブルーリボン社に靴を供給していたアシックスはスポーツ用品市場においてナイキの後塵を拝し、ナイキ倒産の危機を救った日商岩井は経営危機に陥り2004年にニチメンと合併しその名前は既に消えた。
本書を読み終えて、業界の栄枯盛衰に思い馳せ、日商岩井の経営が傾いた2003年当時仕事でつきあいのあった日商の社員から天職の相談を持ち掛けられたことを思い出した。
彼をはじめ当時苦渋を舐めさせられた日商岩井の元社員はどんな思いでこの本を読んでいるのだろうか・・・。
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アマゾンでのレビューから
フィル・ナイトがこんなに日本と関わっていたとは知りませんでした。彼を裏切ったのも助けたのも日本というのは以外です。一気に読める面白さと、ナイキって意外に新しい会社なんだということが発見でした。彼が靴に執着し、泥臭く販路を広げていくところはリアリティーがありました。靴も人も彼を支える動力は、「同志」です。友とも違う「こころざし」が一致した仲間との成功譚です。
進むべき道に悩む若い人にお勧めしたい一冊です。彼ほどの成功を収められるかどうかは別としても、人の人生では無く、会社や組織の大小でも無く、自分の信念に従いご自身の道を見つけて欲しいと思います。本書でも紹介さているように、かつての日商岩井のような方々も自身の信念に従って、自身の道を進まれたのだと思います。還暦を後2年で迎える初老から幾ばくかの後悔も含めて、お勧めします。
起業家が書いた本の中でも断トツで面白かった!
情熱をかけて打ち込めばここまでなれるんだなと熱くなった!
アシックス・双日との関わりが描かれており、興味深く読めました。
とはいえ、印象にのこあったのはそこだけか・・・
冒険譚という感じでさっと読めましたが、深みはあまり感じられませんでした。
あまり、教訓・ビジネス書として得ようと期待せずに面白さだけを期待して読むには十分価値がありました。
Twitter上での評判
#最近読んだ本 #shoedog
ナイキ創業者フィル・ナイトが、
ランニング中に浮かんだ「馬鹿げたアイディア」を基に株式上場を果たすまでの物語。読み終わった後、スニーカーを履いて走りに行きたくなった。
スニーカーはNBだけどね…????#SHOEDOG #nike pic.twitter.com/6vsxpyMPhC
— flyder (@flyder_55) 2019年1月16日
「SHOE DOG」????
NIKEが好きだからという理由でこの本を買ったけれど面白い!
あっという間に読破????
何かに没頭できる人はやっぱり魅力的!
時代は変わっても行動し続けた人が革命を起こせることに変わりはない!#NIKE #SHOEDOG #おすすめ本
— MASAKI KAWAMURA (@kwmr_msk) 2019年1月19日
ナイキとオニツカ、日商岩井の関係を動画で解説
▼ナイキとオニツカ(現:アシックス)の関係
▼ナイキと日商岩井の関係
編集後記
ということで、今回はナイキ創業者であるフィル・ナイトの自伝「SHOE DOG(シュードッグ)」のあらすじ・内容、感想をはじめ一般読書さんによる口コミなどを紹介させて頂きました。
(テキスト・編集人 flyder)
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